春一番もかくや
 



そりゃあ極寒だった今季の冬も、さすがにそろそろ腰を上げようという頃合いか。
先週あたりは初夏並みというほども気温が上がって、
街をゆく人々が上着をお荷物になると笑っていたけれど。

「今週は寒いですよねぇ。」
「そうだよねぇ。」

寒いのってお彼岸までじゃないんですか?と、
どこぞかで聞きかじったところを素直に持ち出す童顔の後輩くんへ。
彼岸が明けるまでは油断は禁物なのだよ、きっと…などと、
いかにも教授する側というポーズ、
人差し指をピンと立てて言い返す、先達らしき成年男性という二人連れ。
街中の舗道をのんびりと歩む様子には、取り立てて異様異質なところもないながら、
実はついさっきまで結構過激な乱闘の只中に身を置いていた人たちであり。

 『人質としてご子息の身柄を拘束された、救出してほしいという依頼だ。』

誘拐事件への支援要請かと思われたが、そうと端的な言いようをした国木田だったのへ、

『市警や軍警には関われない人物なのかい?』
『…まぁな。』

それだけの語彙から、
ぼかされてあった真相をすぱりと言い当てた聡明狡知さも相変わらずなら、

『しかも、要求は金品ではないのだろう?』
『らしいねぇ。むしろ公開してくれても構わぬと開き直られては困る手合いだ。』

太宰の付け足しへ、その先までもをとっとと推察し、
つまらない案件だというお顔になったのが乱歩さんと来て。

 『?』

こういった事件にも結構当たってきたにもかかわらず
知能派の先達二人のやり取りがちんぷんかんぷんな敦がかくりと首を傾げたその依頼。
政財界の大立者のご子息が、アフター5の夜遊びの中でよくある“美人局”に引っ掛かって身柄を拘束され、
しかもしかも、脅迫を仕掛けて来た相手は、法外な金品ではなく、
政治家先生の口利きとして通用する念書を一筆したためてほしいと言って来たらしく。

 『美人局って何ですか?』
 『賢治と敦はまだ知らなくていい。』
 『鏡花ちゃんもね。』

何で谷崎やナオミはそのひとくくりから外されているのか、
いやさ、何で最年少組へ敦が混ざっているものか。

 『???』

そんな付帯条件で “ははぁん”と察しがつかないところが、
真っ赤になって “子供扱い辞めてくださいっ”とならないところが、
“キミらはまだ綺麗なままでいて”方策に於ける、国木田や太宰の見事な采配だったのはさておいて。

『こんな失態が公に暴かれたらそれでもう色々とアウトだよね。』

これをいい機会としてそんな甚六は見限るという英断もあるけどねと、
構図が何とも安直すぎる点も、どうせもみ消されるのだろう結末も見通したうえで、
やり甲斐もなければ端迷惑でしかない、何ともつまらぬ案件だと一通りの不平を述べてから、

『そうではあるが、政財界のご意見番を気取る古だぬきへの貸しを作れる。』

社長の鶴の一声には逆らえないか、しぶしぶ資料をぺらりと摘まみ、
来い来いと手招きした太宰と国木田へ二言三言告げて作戦会議はあっさり終了。

『可及的速やかな解決をお望みなようだから。』

交渉場所だと指定されたホテルのロビーへ向かう班と、
明かされてはないはずな子息が拘束されている場所へ突入実行部隊として向かう班に分けられ、
それぞれがそのまま事務所を飛び出す。

『早けりゃ早いほど良いのなら、多少強引でもそこはご勘弁いただこう。』

御曹司として甘やかされた、絵に描いたようなふしだらな息子だが
それでも無傷で助け出してほしいとの親御からのご希望へ、
ふふふと不敵に笑った太宰が前衛指揮に立っての強硬策が展開され、
つまりは敦と共に塒へ突入したのがほんの数刻前のコト。
様々な知識を抱え、応用にも冴え、観察力に秀でていて記憶力も桁外れという、
乱歩と張り合えるほどに頭の回転が速い頭脳派の太宰だが、
どうしてどうして、乱戦の中にあっては
近接型の格闘要員たる虎の少年の体裁きに勝るとも劣らぬ、
鮮やかな身ごなしも一通り披露出来。

 『何だ、この小僧。』
 『壁を駆け上りやがるぞ、見失うなっ。』

谷崎くんが塒の内部へ異能で擬態の壁を巡らせ、
こそりと侵入して人質を連れ出している間の物理的な陽動作戦。
ここにウチのお兄さんを色気で釣ったお姉さんがいるでしょうという言いがかりで入り込み、
そのまま乱闘へと持ってったのが、前衛担当の敦と太宰で。
摘まみ出せると踏んだところが、虎の異能をふんだんに発揮し、
幼げな風貌を裏切って手ごわく暴れる少年に手を焼いたゴロツキどもから、

『そっちの野郎を先に引っ括れっ。』

一見優男であることを舐めてかかってか、
だったらあっちをとっ捕まえて人質にするかと目を付けられても動じはしない。

 『こんのやろっ!』
 『ほいっと。』

風を切って突っ込んでくる拳や蹴りを すんでで避けて躱していなし、
勢い余って後背の壁へと突っ込ませたり、
長身だというにそれは巧みにひょいひょいと、すぐの傍まで誘うような小刻みな逃げ方をした挙句、
すぐ傍をすり抜けて、通り抜けざまに相手の脾腹へ膝蹴りやら肘打ちやらをお見舞いしたり。
敵の手からもぎ取った拳銃を手慣れた様子でその頼もしい手へ握り、
撃つ構えを取ったそのまま、手の中でくるりと回してグリップで殴りつけたりと。
それは鮮やかに舞でも披露するかのように取っちめてしまえる見事さで。

『だって私はあの中也と組んでたんだよ?』

修羅場に立つ機会も少なくはなかったし、
そうともなれば、乱闘のグレードだって自然と高いものばかりだったしねぇ。
今は今で、探偵社の実行班の顔ぶれが慢性的に手駒不足なこともあり、
なまる暇なんてない有様なのさと、呵々と笑った頼もしさよ。

 そして

今はそんな余燼なぞ何処にも見受けられやしない、
ちょっと毛色の変わった、されど朗らかで可愛げのある少年を連れた
ツィードの冬用コート姿の やや背の高い成人男性…というだけな存在なのだが。
だっていうのに、
通りすがりの妙齢のご婦人らがちらちらと視線を投げかけてくるのもいつものこと。
撫でつけない髪が額から目許、頬へとかかっていて、
見ようによっちゃあ胡散臭いとも受け取れそうな風体であり、
あら背が高い人ねと向けた視線が、
そこもしっかと把握して、だがそのまま貼りついて剥がせない。
お顔を隠すほどの胡乱な蓬髪も気にならぬ、
むしろミステリアスに映るほど、それほどに雰囲気のある人物で。
前髪の陰に控えめに隠れ気味の双眸は、だが、切れ長ながらもぱっちりした瑞々しいそれで。
知性をたたえたそんな目許は、睫毛の影をひそませて意味深な愁いを淑とはらみ、
骨ばらないすべらかな頬にするんと通った鼻梁、
品性を含んで引き締まった口許は表情豊かに言葉を紡ぐ。
引き締まった肢体はしなやかで、身振り手振りは卒なく優雅。
伸びやかでそれでいて低められれば甘いという響きの良い声音と相まって、
銀幕のスタァかしらとぽうとなったまま視線が外せぬ女性が続出するのも無理はない。
とはいえ、中身はなかなかがっかりな要素も抱えておいでの御仁でもあり。
活劇では喜々として立ち回るくせに、書類仕事はすぐにサボるし、遅刻は常習。
警護の仕事もお好みではないか、
事案を手っ取り早く片付ける方向へ皆を振り回してしまったこと過去に多数。
何と言っても自殺嗜好者で、
今現在 想うお人とうまくいっているのに
それでも油断すると川へ飛び込む困ったところはなかなか治らない。

 『これはもはや強迫観念だね。』

踏んだらすべるぞ転ぶぞと判っているものを意識から外せず、
結局は何故だか踏んでしまう人がいるように、
言ったら恥かくぞそれは言い間違いなんだぞと判っているのに、
何故だか “プレイボール”を “プレイボーイ”と言っちゃうように…なんて言ってらしたが。(おいおい)

 “やっぱりボクには判んないなぁ…。”

天は二物を与えずというが、二物どころか三物も四物も与えられた身であるがため、
それとの拮抗を保つのに、そんな不可解な嗜好が植わってしまったのだと思うしかないものか。
そんなお人とは真逆と言って良いものか、何かと試練が降って来る“不幸体質”の敦少年だが、
だとは言っても、日頃からいちいち過ぎるほどもの警戒なんてしちゃあいない。
ゆえに、

 「…っ、」
 「敦くんっ。」

不意を突くよに、いきなりの突然、
舗道に接したとある路地から勢いよく伸びてきた黒い影に、
二人揃って巻き込まれたそのまま引きずり込まれ。
さしたる抵抗も出来ぬまま、難なく自由を奪われてしまったの、
迂闊にも油断していたからだなんて言われては、
そりゃああんまりだと抗弁したくなるところだったろし。
文字通りの力づくで、
片やは強靱にして苛烈な攻撃力と再生の異能、
片やは巧みな体裁きと抜かりなき炯眼を誇る実働班の気鋭二人を搦めとった相手はというと……。




     to be continued.(18.03.21.〜)







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 *甘いお話が続いていたので、そろそろ活劇の要素を持って来ましたよ。
  と言っても骨子は大したネタじゃあありませんので、
  のんびり構えてお読みください。(こらこら)